肺がんの遺伝子治療とは
最近のめざましい遺伝子工学の進歩によって,多くの病気が遺伝子レベルの異常によって引き起こされていることがわかってきました.病気の原因となっている『異常な遺伝子』を同定し,代わりに人工的に作った『正常な遺伝子』を外部から細胞内に補充して細胞本来の機能を回復させることによって病気の治療を行うというのが遺伝子治療の考え方です.
世界で初めてヒトに対する遺伝子治療が行われたのは1990年のことです.対象となったのは,ADA欠損症という病気の4歳の女児でした.これは生まれながらにADAとういう大切な酵素を産生する遺伝子に異常があるために正常なADAが作られず,結果として重症の免疫不全を生じる病気です.米国国立衛生研究所の医師団はこの患者に正常なADA産生遺伝子を投与して効果をあげたのです。
ADA欠損症のように,体に必要な酵素を産生する遺伝子に生まれつき異常があるような病気(先天性代謝異常症)は正常な遺伝子を投与して酵素を補充するだけで治療効果が得られやすいため,遺伝子治療の良い適応と考えられています.
がん遺伝子とがん抑制遺伝子
がんの発生や進行にはさまざまな遺伝子が関わっています。これらの遺伝子はその働きから大きくがん遺伝子とがん抑制遺伝子の2種類に分けられます。これらの遺伝子に異常が起こるとがんが発生したり増殖したりします。がんを自動車に例えると、がん遺伝子は自動車のアクセル、がん抑制遺伝子は自動車のブレーキに相当します。すなわちがん遺伝子の異常はアクセルが踏み込まれ自動車が加速した状態、がん抑制遺伝子の異常はブレーキが壊れて自動車が止まらなくなった状態と考えられます。このようにして自動車が暴走するようにがん細胞は増殖していきます。
がんの遺伝子治療
がんに対する遺伝子治療では,これら遺伝子の異常を同定し,『がん原遺伝子』に異常があればこれを不活化する遺伝子を投与するか,『がん抑制遺伝子』が不活化していれば『正常ながん抑制遺伝子』を投与する,といった方法が基本となっています.また,がん細胞に対する免疫能を強化する目的でがん患者さん自身のリンパ球にある種の遺伝子を組み入れて強力なリンパ球に変化させてから再び体内に戻してがんを攻撃させる方法などもあります。
小細胞肺がんと非小細胞肺がん
肺がんには主に腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がんの4種類があります。治療方法は小細胞がんとそれ以外の肺がんでは大きく異なるため、小細胞がん以外の肺がんを非小細胞肺がんと総称します。非小細胞肺がんは、早期のものでは手術が最善の治療法ですが、不幸にもがんが進行してしまった場合には手術で病巣を切除することは困難です。また抗がん剤などの治療も効きにくい種類のがんです。このがんに対して新しい治療法として遺伝子治療が試みられるようになりました。