拡大手術は生存を延長しない
進行・再発胃がんに対する治療法が掲載されている『胃癌治療ガイドライン 第2版』 胃がんの最大の特徴は発見が早ければ内視鏡やメスを使った手術で比較的簡単に治る反面、転移性進行がん、再発がんの段階に入ると、とたんに「治らないがん」になってしまうことだ。治癒が望める治療法はあまりなく、治療は状況や症状に応じて行われる。
日本胃癌学会がまとめた『胃癌治療ガイドライン 第2版』(2004年4月改訂)には進行・再発胃がんの治療法として、次の5つが紹介されている。
・拡大手術
・緩和手術(姑息手術)
・放射線治療
・化学療法
・緩和医療
拡大手術というのは、切除するリンパ節の範囲を拡大したり、大腸、膵臓など、がんが転移した周辺臓器まで併せて切除する手術のことを言う。拡大手術が適応となるのは、あるレベル以上のリンパ節転移(N2)がある場合や、原発巣、転移巣が胃の周辺臓器に直接拡がり、一緒に切除しないと治癒が望めない場合だ。
手術の最大のメリットは治癒を望めることにありますが、治癒を目指すには、がん細胞を最後の1つまで取らないと意味がない。そのため、拡大手術も検討されるわけですが、胃がんの場合、転移性進行がん、再発がんのレベルに入ると、それでは対応しきれない。理由は、遠隔転移がある胃がんの場合、検査画像あるいは術中の肉眼的に確認できる転移巣以外にも顕微鏡的レベルですでに拡がっていることが多く、同時多発的に何箇所にも出る傾向が強いからです。そのため拡大手術をしてもすぐ再発することが多く、生存期間を延ばすことにつながらないケースが多いのです
実際に、リンパ節を拡大郭清する手術と、通常に郭清する手術との生存日数を比較した臨床試験でも、生存日数に統計学的な差はないとの結果が出ている。
拡大手術は体に与えるダメージも大きく、長時間に及ぶ手術による出血量の増大、術後合併症などのリスクも増えるので、今後は選択されるケースが減少するものと思われる。
一方で、がんの根治手術が望めないケースでは、緩和手術という選択もある。とくに進行胃がんでは狭窄、出血、低栄養などの切迫した症状を伴うことが多いため、食事摂取期間や在宅期間の延長などのQOL(生活の質)を高める目的で緩和手術が行われることがある。
放射線治療が普及しなかった理由
わが国では進行・再発胃がんの治療に積極的に放射線を使う機会は少なく、骨転移がある場合やがんの浸潤による疼痛がひどい場合に緩和的治療として行う程度だ。しかし、海外では手術と放射線治療を組み合わせた治療が標準治療になっている。その辺の事情を佐藤さんはこう話す。
「海外で放射線治療が広く行われている背景には、海外の外科手術のレベルが日本ほど高くないという事情があります。日本は、胃がんの手術では世界のトップレベルにあり、海外なら放射線を併用するケースでも、手術のみで十分な成績が得られていた。日本で放射線治療が普及しなかった背景にはそんな事情があるのです」
このように進行・再発胃がんに関してはどの治療法も一長一短があり、これまで生存期間の延長につながる有効な治療法がなかった。化学療法に関してもこれまで様々な取り組みがされてきたが、つい最近まで標準治療となるような有効な治療法がなかった。
抗がん剤治療をしたほうが生存によい
これまでわが国では切除不能の進行・再発胃がんの患者に対しては、60年代からずっと5-FU(一般名フルオロウラシル)を中心とした抗がん剤治療が行われてきた。
しかし、はっきりとした効果が認められないケースが多かったため、80年代には、そもそも抗がん剤治療をする必要があるのかという声が上がり、抗がん剤治療をしたグループと、対症療法のグループの生存期間を比較する研究が行われた。
その結果、やはり抗がん剤治療をしたほうが明らかに生存期間が伸びるという結果がでた。その後も様々な抗がん剤を組み合わせて生存期間の延長を目指す取り組みがなされてきたが、がんを縮小する面では一定の効果を上げたものの、患者さんの生存期間(中央値)を1年以上延ばすような顕著な延命効果を上げられるものはなく、標準と言えるような治療法は存在しなかった。
「抗がん剤の併用療法に関しては5-FUやその経口剤として開発されたUFT(一般名テガフール・ウラシル配合剤)などのフッ化ピリミジン系の抗がん剤やシスプラチン(商品名ブリプラチンなど)、アントラサイクリン系薬剤などを組み合わせる形で様々な研究がなされ、がんの縮小効果が50パーセント前後に達するものもありましたが、最終目標である生存期間の延長にはなかなか結びつかないのが実情でした」(佐藤さん)
『胃癌治療ガイドライン 第2版』では、切除不能進行胃がんに関しては標準治療と見なすことができるものはないと書かれているのもそのためだ。